雑大レポート
私「父・母から聞いた武蔵野を語る」
榎本幸二郎
 「父・母から聞いた武蔵野を語る」榎本幸二郎(昭和18年、武蔵野市立第一小学校卒業の榎本さんが、子どもの頃、敬愛するご両親から聞いた武蔵野の生活)
 7月6日の雑大は、歴史学部プレ講義的な意味合いで開講した。歴史学部長(兼学長)の宮崎勇さんも出席して、吉祥寺の昭和初期までの「生活の一遍」が榎本さんのお父さんお母さんからのお話として語られた。
 成蹊近くでの生家から、吉祥寺駅の「駅員の声」が聞こえた。まだ拡声器もない頃、「きちじょうじ」と駅員の生の声だったのだから、随分静かだった。
 近くに山本有三さんが住んでいて、お母さんが長男を連れて来て、縁側でお茶を飲んだ。(三鷹の現・山本有三記念館を立てる前は、武蔵野に住んでいた) 昔はランプだったので、子供の手が小さいのでホヤの掃除をするのが務めだった。お母さんはその時ホヤのガラスで怪我をしたのが、ずーっと残っていた。当時風呂を沸かすのも子供の仕事、燃やすのは畑作収穫物の残りを乾燥さしたもの、すぐ燃え尽きるので、四六時中火の番、などなど。榎本さんの話は、再度、雑大で講義がある予定。
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